先日、NHKで放送されていた特番で、
四季花鳥図のふすまが青森の宮越家という家に代々
飾って合って、2020年に一般公開したところ、それがイギリスの大英博物館に
続きの屏風があったということが分かったという話を聞いて、
なんだかすごいスペクタクルといいますか、壮大さを感じながら、テレビを眺めていました。
ひとつのふすまからどれだけ考察できるか。とある狩野派美術の研究をされている方が発見したようなのですが、今まで見てきた、頭の中のストックから、これは、イギリスのふすまと、宮越家のふすまは連動しているのではないかという、仮説を立てられるところが、そしてその仮説を掘り下げようという情熱はこれは人間にしかなしえない技ではと本当に関心しました。
どのような人が、いつ、どのような目的で、どこに、そして、なぜ、二つにわかれて、青森とイギリスに散らばったのか、ひとつの作品から、これだけ広がる物語にも感動ですし、その作品がそれだけ歴史を刻めるだけの許容と
作者の想いが込められているということなのでしょうか。
もしこれがAIで数分で作ったものでしたら、果たしてこのような歴史の
重みに耐えられるのか、最近よく思う事です。
SUNOという作曲ツールで、作成した楽曲のクオリティーが高すぎて
戸惑うことがあるのですが、数分で出来上がります。
そして、しっかり心にも響く曲。はたしてそれを10年後に聴いたとき
どのように思うのか。
ただ、AIのツールをツールとして活用し、新たな曲を作る。といったような
丸投げではなく、そこに自分のエッセンスと、試行錯誤が混ざると
ちゃんと愛情が沸いて、愛される作品ができるのはないか。
AI時代になってからのものづくりの本質は、どんな機能があると
よいではなく、どんな人が作ったのか。そしてどんな想いでということが肝になるのかもしれないですね。
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